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2018-01-11
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大掃除の話。


年始にいろいろと動きが始まったり宿題を持って帰ってきたりしてたのですが、細かい事務的な作業は大体終えてようやくひと段落。
しかし困ったことに何かしていないと落ち着かない。
何もしていないと焦りを感じる。



現状に焦りを感じているときなどに手っ取り早く打破する荒治療として「いまやっていることを手放す」って方法があるように思う。
「何もやっていない状態」というのは(少なくとも僕にとっては)苦痛であり、予定のない土日なんて辛さしかない。
しかし同時にこれは扱いやすい性分でもあり、つまり「いまやっていること」を畳むと自動的に新しいことを始めるので、
強制的に新しい環境に身を置くことになって新しい知見が得られ前に進んでいる気分にさせてくれる。
これまでもそうやっていろいろなものを手放しながら生きてきたので、じゃあ今またそれをやってみよう、と思ってみましたがいやまてしばし。
そうしてきた過去を落ち着いて振り返って見たところ、別によかった試しがなかったな、と今思った。
勿論、何かを終わらせたことで新しく始まったものもあり(このブログに載せた中でいえばピアノとかDIYとか革細工とかパン作りとかけん玉とかラジオとかリアルクローズ秘封とか)、
得ているものも沢山ありすぎますし、そこから派生して音声編集とか動画編集とか画像編集、工具道具の使い方とかの技術も身についていて、さらにそこで生まれた新しいコミュニケーションもあって最高オブ最高ではある。
具体的にピアノで言えば、簡単なブルーノートトーンを弾けるだけで初心者でも「あっなんかジャズ弾けるようになったっぽい!」と感じられるし、
それによってジャズ漫画やジャズ奏者への理解も深まり、ジャズの演奏聴きに連れていってもらった時も
「すこし”ワカル”自分」に満更でもない気持ちになれるし、とにかく良さしかない。なんか良さが微妙だな。



しかし同時に、それらは一時的な焦りや不安から逃れるための気休めでしかなかったように思わなくもない。
いやそれで大いに結構というか気休めめっちゃ大事なんですけど、気休めを得るための代償が大きすぎるというか
別に手放すまでしなくてもよかったのではと思った。
ブログに書いていないところでも、本当に沢山いろいろなものを手放している。
別に終わりがないものをわざわざ終わらせる必要性はなかったのかもしれない。

別にエタらせてよかったのかもしれない。

でも二股とかちょっと……というか、終わらせないと新しく始められない性分なわけであり、マルチタスクができない。
なので結局マインドの話になるのですが何も手放さずに自分を背水状態にもっていく術が欲しいなと思いました。



で本題なのですが、年末でした。
年末といえば大掃除。
大掃除ではネット上の自分も毎年大掃除するようにしていて、具体的にはあんまりアクティブじゃないサービスのアカウントやアプリを消していったりなどで、
過去には読書メーターとかツイッターとかpixivとかインスタとかtumblrとか、他にもっとありますがそれらを消してきました。
積み重ねてきたそれらを手放してきました。
でも消す必要は、別になかったのかもしれません。
自分が忘れた場所に自分の情報が残り続けるのがなんとなく嫌で消していたのですが、エタらせて良かったのかもしれません。
インスタだってアカウント作り直すのもう4回目だし。しかも今も2つある。日記垢とけん玉垢。
なので、今あるものを手放すことを何かを始めるステップとするのは、今年はやめようかなと思いました。
今年は掃除せず、ちゃんと過去を受けいれて積み重ねとしよう。
ゴミ屋敷だって案外居心地いいかもしれない。

ということをちょっと前ですが、今となってはメディアでバリバリ活躍中の米津さんがボカロP時代の「ハチ」として新曲を再びニコニコに出したのを見て思いました。
これって所謂マス化してからコアに戻ってきているわけで、めっちゃ勇気のいることだと思いますし尊敬しかない。
過去をなかったことにしない姿勢が素敵すぎます。

だからというわけでないですが、今回はネット上の大掃除をしなかった。
そして大掃除をせずに新しく何かを始めてみようと思い、とりあえずゲームをすることにしてみました。
マジ壺、マジ。ヤバイ。


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